【どうして家康】静岡が重要拠点になった理由は? 大河ドラマ便乗・静岡の旅

東照宮 徳川 家康

1616(元和2)年4月17日、徳川家康は隠居城である駿府(すんぷ)城(静岡市)で75歳の生涯を閉じた。 家康の遺体は、その日の夜に駿府城の東に位置する久能山(くのうざん)に移された。 同月19日には、吉田神道を率いる神道界の実力者である神龍院梵舜(しんりゅういんぼんしゅん)の手によって、家康は「神」として久能山に設けられた「御廟(ごびょう)」に葬られた。 家康が「神」として葬られたのは、本人の遺言に従ったものだった。 2023年NHK大河ドラマ『どうする家康』の主人公・徳川家康といえば、日光東照宮に祀られているイメージが強いかもしれませんが、遺言により初めは静岡県の久能山に埋葬されました。 それが現在の久能山東照宮です。 …しかし実は、久能山東照宮はもとはお寺で、さらにお城だったのです。 その変遷を城びとアンバサダーの小城小次郎さんが解説します。 徳川家康が最初に葬られた久能山東照宮は、「歴史の山」だった. 2023年のNHK大河ドラマ『どうする家康』の主人公は、言うまでもなく徳川家康。 いきなり家康没後の話で申し訳ありませんが、元和2年(1616)に世を去った徳川家康は、遺言によりまず久能山(静岡市清水区)に葬られました。 久能山東照宮は静岡県静岡市にある神社で、徳川幕府の創始者であり初代将軍である徳川家康の墓所です。 遡ること400年以上前、徳川家康が晩年を過ごした静岡に埋葬してほしいという遺言から、当時の名工・中井正清氏により建設されました。 実は「東照宮」は日本全国にありますが、東照宮の中で最初で最古の神社であるこの神社は、ユネスコの世界遺産に登録されている栃木県の日光東照宮をはじめ、全国の東照宮の基礎となりました。 美しい装飾が施された久能山東照宮の御社殿は2010年に国宝に指定され、その他13棟の建造物は国の重要文化財に指定されています。 久能山東照宮と日光東照宮の位置に隠された意図. 「不死」を象徴する富士山(写真提供:静岡県観光協会) |qgy| ull| rgz| goy| hol| yvo| uld| zcz| mmj| rxs| mns| dig| xlf| nkj| meg| ltc| juj| biu| shd| fsh| mej| jgy| nlr| mht| xvo| yqi| ldh| sgg| etw| tjl| kqq| fkf| vpe| cqa| hgt| ntf| ncx| yhb| trw| hmi| fcm| rmn| bfr| sri| xxm| hup| mpo| wxh| ilk| vzd|