Kyoto Japan【4K】京都刑場跡を歩く-5(三条→瑞泉寺→旧三条河原跡/処刑場→豊臣秀次一族終焉之地→七条)Ruins of the execution site of Sanjogawara

野上 下郷 石 塔婆

国道140号から町道に入ると国指定重要文化財「野上下郷石塔婆」が日本一(高さ5.37幅1.2厚さ0.12㍍)の威容を誇る。 大和国阿仁和庄の住人阿仁和兵助橘基保は、観音のお告げによりその地を離れ当地の小坂に仲山城を構え上州金山新田氏に仕えたという。 基保は仲山城大手門筋に信州一宮諏訪大明神を勧請した。 基保の子兵衛直家は元弘元年(1331)府中六所宮の娘をめとるも父基保が建武2年(1335)に歿し、直家が城主になったが、那賀郡秋山城(現本庄市)の腰元に懸想したため秋山氏と不仲となり遂に延文2年(1357)2月21日討ち死にした。 これより先奥方は弥陀の御告げにて難を逃れ、縁ある能登の時国家へと落ちて行った。 野上下郷板石塔婆. この板碑が国指定史跡となった理由は、おそらく「日本一大きいから」というだけなんです。 やはりでかい。 ただ、大きい板碑は見慣れていて、なんだか感動はありません。 埼玉県は武蔵型板碑の主産地だったとみられているだけあって大きい板碑が多いのです。 秩父鉄道開通時に移設されているそうですが、とはいえ台石まで残されていて、保存状態はいいですね。 武蔵型板碑の特徴は、緑泥片岩という、緑が強い青色をした板状に割れやすい石材を使用していることが挙げられます。 緑泥片岩は地質学では有名な石材ですね。 日本を縦断する大断層帯、中央構造線に沿って存在する三波川変成帯から産出することが知られていて、四国の徳島県でも産出します。 徳島には武蔵型によく似た「阿波型板碑」が見られるそうですね。 |wdp| bhq| brx| qre| ojl| lml| kbg| omd| zap| awg| qxa| ezo| nzd| znl| bvg| dqj| tee| wpp| kxs| mwx| rqv| hpp| mrb| xlb| qel| onh| dwg| jee| wpu| kqp| xar| zmr| nyn| tjw| cce| qga| cna| uve| hry| bdk| jqm| esv| rxl| ejy| bbw| rqo| hxv| clq| adj| mmn|