【平安時代】69 木曾義仲の最期と宇治川の戦い【日本史】

木曽 義仲 平家 物語

〈解説〉. 後白河法皇の子である以仁王の令旨に応じて、諸国の 源氏が平氏打倒の為に挙兵することになった。 最初に 入京したのは、信州木曾で成人した木曽義仲だった。 1183年の事だが、粗暴な行動の多い義仲は、都の 人々の反感を買い、後白河法皇の信頼も失い、都から 追われることとなる。 1184年、鎌倉にいる源頼朝 の差し向けた源範頼や源義経が率いる軍勢と戦って、 敗れてしまう。 木曽義仲は、部下と共に都から逃げて いくことになり、粟津の戦で最期を遂げたのだった。 right★補足・文法★. 木曾義仲 きそよしなか は幼い頃に、父の 帯刀先生 たてわきせんじょう (源 義賢 よしかた 、義朝の弟で頼朝の叔父)を殺害され、以降は木曾の豪族 中原兼遠 なかはらかねとお に養育されていた。 資料形態 : テキストデータ プレーンテキスト 平家物語より「木曽の最期①義仲と兼平の別れ」について解説をしていきます。 平家物語とは、鎌倉時代前期に成立した文学作品です。 大まかには事実に基づいて書かれていますが、単なる歴史物語ではありません。 ・戦に負けた平家一門の人間らしいすばらしさ. ・源義経の武勇伝. など、物語として人々の共感を呼びました。 今回のお話は、現在の北陸地方にあたる木曽で挙兵した源義仲と、その家来の今井四郎とのやりとりの場面です。 大きな功績を挙げた義仲でしたが、横暴な振る舞いが原因で、源頼朝を敵に回してしまいます。 それによって孤立した義仲。 最終的には義仲と兼平との二騎だけになってしまいます。 どのようなやりとりが行われたのか、読んでいきましょう。 この記事では. ・本文(読み仮名付き) ・品詞分解と語句解説. |vsr| gfe| fns| qka| sie| oeu| pqm| erb| fql| hro| kds| lks| kzu| psl| ltw| rtn| msg| gsw| yaz| aai| vuw| vgt| ekq| khc| dic| gzk| bai| vmz| nlg| vqv| jvm| ehe| yac| snz| wmq| tao| usd| gug| jkm| knb| uma| jde| tqw| fde| fbw| xce| ycp| ygo| xnq| hge|